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   <title>音楽界の神童</title>
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   <subtitle>天才か？それとも奇人か？そんなモーツァルトの一生と作品を研究</subtitle>
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   <title>好きな一曲　その2</title>
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      このことは、『戴冠ミサ』と呼ばれていることと矛盾するように思われます。

しかし、その後1790年になってこの作品が、1780年に作曲された『ミサ・ソレニムス』とともに、ヨーロッパ各地で行われたレオポルト2世の戴冠式の記念ミサに使われたことから、この名称が与えられたのだろうという推論によって説明されています。

その音楽は、マンハイム=パリから旅行を終えて、ますます円熟を示しつつあった彼の書法を投影するかのように豊かな広がりを見せています。

作品の規模も大きく、またホモフォニックであるとともに、きわめて器楽的な性格の強いものとなっています。

ただ、そうした充実ぶりを見せながら、ザルツブルグの教会音楽の伝統のひとつとも言えるようなヴィオラ・パートの除外という特異な楽器編成は、ここでも守られています。

さらに興味深いことは、ウィーンでの『フリーメーソンのための葬送音楽』においてさえ、このヴィオラを除外するという形は、踏襲されているのです。


      
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   <title>好きな一曲</title>
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      <![CDATA[<img alt="taikan.jpg" src="http://fobus.net/images/taikan.jpg" width="300"/>

主としてザルツブルグ時代に書かれた10数曲におよぶモーツァルトのミサは、必ずしもすべてが日常的に演奏されているわけではないです。

しかしそれらの中で、マンハイム=パリ旅行から帰った彼が、ザルツブルグにおいて1779年3月23日に書き上げたハ長調K317のいわつる『戴冠ミサ』は、もっともよく知られているもののひとつになっています。

この作品は、かつてはザルツブルグ北方の丘の上に建てられたマリア・プライン巡礼教会にある聖母マリアの戴冠像のための恒例行事となっていた、ミサ奉献日に演奏されることを目的として書かれたものです。

しかし1779年の奉献日、つまり6月27日のために作曲したものとしては、あまりに早く閑静されているということや、この教会で演奏するためにしてはオーケストラ編成が大きすぎるということなどから、今日ではこの作品は、4月4日から翌日にかけての復活祭のために作曲され、ザルツブルグ大聖堂で初演されたものと見られています。

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   <title>大好きな音楽家　その3</title>
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   <published>2010-06-23T07:04:27Z</published>
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      <![CDATA[四声部の独唱、合唱のほか、二声部のヴァイオリン、通奏低音（低弦とオルガン）、それにトランペット2、ティンパニが加わります。

だから小編成のわりに華やかなかんじがあり、当時のザルツブルグ大司教コロレードの好みにも合っていたのではないかと思われます。

また、この『雀のミサ曲』という題名は、サンクトゥスの部分に現れるヴァイオリンの鋭い音型が雀のさえずりに似ていることから付けられました。

なので、この音型は次のベネディクトゥスにも出てきます。

この曲の録音は意外に少ないですね。

以前はグシュルバウアー指揮カイヤール合唱団やグロスマン指揮ウィーン少年合唱団などの演奏がありましたが、現在ではクーベリック指揮のものが安定した演奏です。

ほかに、ウィーン少年合唱団の新しい録音もあります。

<img alt="wii.jpg" src="http://fobus.net/images/wii.jpg" width="300" height="296" />
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   <title>大好きな音楽家　その2</title>
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   <published>2010-06-13T06:58:07Z</published>
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      ちょうどその頃、モーツァルトはミュンヘンで2曲の教会音楽を作曲していました。

ひとつはニ短調の『オッフェルトリウム』K222、もうひとつがこの『雀のミサ曲』です。

これらはミュンヘンで作曲されたとはいえ、当時モーツァルトが置かれていたザルツブルグの宮廷音楽家としての職務として、ザルツブルグにおける礼拝用の作品として作曲されたもの。

弦楽部にヴィオラが入っていないのもそのためですが、また彼のミサ・ブレヴィス（小ミサ曲）としても、とくに小規模で短い作品になっています。

それはひとつには、当時のミサ曲の作曲の慣例をなっているグローリアとクレードの最後の部分に置かれるフーガが省略されていることにもよります。

そのためにアインシュタインのように、この曲の価値を低くみる人もいますが、逆に言えばホモフォニックな手法が中心であるために一般的にはわかりやすく、親しみやすい作品になっているとも言えます。


      
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   <title>大好きな音楽家</title>
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      <![CDATA[<img alt="misa.jpg" src="http://fobus.net/images/misa.jpg" width="200" height="200" />
ミサ・ブレヴィス ハ長調 《雀のミサ》


1774年12月7日、モーツァルトは父親のレオポルトとともにミュンヘンに到着します。

それは、ミュンヘンのバイエルン選帝候マクシミリアン3世から依頼されたオペラを上演するためでした。

オペラ・ブッファ『にせの女庭師』K196でしたが、モーツァルトの手紙によれば、この上演は大成功だったようです。

初演の翌日、1775年1月14日付けの故郷の母親に宛てた手紙では、モーツァルトは次のように記しています。

「神様のおかげです。ぼくのオペラは昨日13日に上演されて、とても説明のつかないくらいの大成功でした。

劇場は超満員で、大勢の人が入場できずに帰りましたし、アリアが終わる度にたいへんな拍手と騒ぎで、ブラボーの大声が上がりました。」

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   <title>モテト《エクスルターテ・ユビラーテ》　その3</title>
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      <![CDATA[<img alt="moz.jpg" src="http://fobus.net/images/moz.jpg" width="225" height="320" />

そんな経緯をもって生みだされたこのモテトは、たしかにユニークな一面をもってはいますが、それはまた、イタリアへの旅なくしては生まれなかったものであったかもしれません。

なお、第3楽章のアレグロは、「アレルヤ」のテクストをもっているとはいえ、一種のヴォカリーズともいえるもの。

なので、しばしば独立して演奏されていますよね。

もともとカストラート歌手のために書かれたものではあっても、今はソプラノのレパートリーであることは間違いありません。

お奨めには、まずテ・カナワやバトルの演奏を挙げたいです。

音楽のもつ明るさや華やかさを適度に発揮させています。

あと、マティスの演奏もいいですね。

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   <title>モテト《エクスルターテ・ユビラーテ》　その2</title>
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   <published>2010-04-23T06:42:32Z</published>
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      ソナタ形式によるアレグロから始められるこの作品は、やはりソナタ形式にもとつくアンダンテに続き、そしてロンド風のアレグロの終曲で結ばれるという、3楽章の形をとっています。

それは、いわばイタリア風のシンフォニアあるいは独奏協奏曲のスタイルを声楽作品に応用したものといってもいいでしょう。

そこでのソロイストは、もちろん高声部の歌手ですが、ここでは、どこまでもラウッツィー二がその役割をつとめることになっており、その音域もすべて彼にあわせたものでした。

このように、この作品が機会音楽的に着想されたものであっても、モテトに数えられているのは、もちろんラテン語による宗教的なテクストが用いられているからであり、また、わずかながらレチタティヴォも置いているからでしょう。

もっとも、この頃のイタリアでは、彼の生地ザルツブルクなどとは比較にならないほど、すでに教会というものを離れた世俗的ともいえるような教会音楽の存在が許されていたわけです。

そのことは、とくに抵抗を感じるようなことでもなかったのですね。


      
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   <title>モテト《エクスルターテ・ユビラーテ》</title>
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      <![CDATA[<img alt="moteto.jpg" src="http://fobus.net/images/moteto.jpg" width="240" height="240" />

モーツァルトの《アレルヤ》の名で知られているソプラノ独唱用の小品は、実は彼のモテトの中の終曲をなすものです。

1773年1月17日にミラノのテマチノ教会において初演されているこの《エクスルターテ・ユビラーテ(踊れ、喜べ、幸いなる魂よ)》が、そのモテトです。

このころモーツァルトは、3回目のイタリア旅行を行なっていました。

イタリアはザルツブルク時代の彼にいろいろな形で影響を及ぼしてもいますが、今回の彼は、ミラノでオペラ・セリア《ルチオ・シルラ》を初演するのがひとつの大きな目的でした。

そのためのミラノ滞在中に、彼はこの歌劇のチェチーリオ役をつとめたカストラート歌手・ヴェナンツィオ・ラウッツィー二を独唱者に想定しながら、このモテトの筆をとったと言われています。
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   <title>ピアノ協奏曲第23番</title>
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   <published>2010-03-29T03:35:29Z</published>
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   <summary>「ピアノ協奏曲第23番」は、モーツァルトが作曲したピアノ協奏曲。 1786年の3...</summary>
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      <![CDATA[「ピアノ協奏曲第23番」は、モーツァルトが作曲したピアノ協奏曲。

1786年の3月に完成し、初演も同じ月に行われたと見られていますが、詳細は不明。

同時期のピアノ協奏曲と比べると、この曲は楽器編成や曲の構成がやや単純です。
簡潔で軽快な曲。

<img alt="Gnag-moca.jpg" src="http://fobus.net/images/Gnag-moca.jpg" width="200" />

<strong>第1楽章 アレグロ イ長調 4/4拍子 ソナタ形式 </strong>

古典派の協奏ソナタ形式。オーケストラが提示した主題をピアノが繰り返す明快な形式です。

<strong>第2楽章 アダージョ 嬰ヘ短調 6/8拍子 三部形式 </strong>
シチリアーノのリズムに基づいた旋律が歌われます。第22番の第2楽章も短調ですが、大規模な第22番とは違い、物思いに沈んだように静かで短い曲。

<strong>第3楽章 アレグロ・アッサイ イ長調 2/2拍子 ロンド形式 </strong>
第2楽章とは一転して飛び跳ねるような活発なロンド。軽快な楽想が次々に現れます。

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   <title>後宮からの誘拐</title>
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   <published>2010-02-14T04:31:28Z</published>
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      <![CDATA[『後宮からの誘拐』は、モーツァルトが1782年に作曲した三幕からなるドイツ語オペラです。

日本では『後宮からの逃走』とも呼ばれます。

<img alt="Opera-koukyu.jpg" src="http://fobus.net/images/Opera-koukyu.jpg" width="300" />

クリストフ・フリードリヒ・ブレッツナーの台本を、ゴットリープ・シュテファーニェが改作したもの。

主人公ベルモンテが召使ペドリッロの助けを借りながら、恋人のコンスタンツェをトルコ人の太守セリムの後宮（ハレム）から救い出す・・・というストーリーです。

人気のあるオペラなのでDVDも出てます。


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   <title>下書きをしない天才</title>
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   <published>2010-01-17T04:55:44Z</published>
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      <![CDATA[<img alt="mozza.jpeg" src="http://fobus.net/images/mozza.jpeg" width="200" />

モーツァルトの異名のひとつに、「下書きをしない天才」というのがあります。

モーツァルトの自筆譜の中には完成・未完成曲含め、草稿及び修正の跡が多く発見されています。

特に人気のあるピアノ協奏曲23番は、その数年前に書かれた草稿が発見されています。

ただ、作曲するのが早かったのは事実。
例えば交響曲第36番はリンツ滞在中に作曲されたようですが、父との手紙のやり取りから3日で書き上げたことが分かっています。

交響曲第39番から41番「ジュピター」までの3つの交響曲も、わずか6週間ほどで完成させています。

また、別の手紙からは彼が頭の中で交響曲の第1楽章を作曲したあと、それを譜面に書き起こしながら同時に第2楽章を頭の中で作曲し今度は第2楽章を書き起こしている間に第3楽章を頭の中で作曲したという手順を踏んでいたということが分かっています。

ものすごい頭の中ですよね。
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   <title>天国的</title>
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      モーツァルトは、晩年に向かうにつれて長調の作品であっても深い哀しみを帯びた作品が増え、その作品たちはしばしば「天国的」というように形容されます。

また、短調作品は非常に少ないながら悲壮かつ哀愁あふれる曲調で、交響曲第40番ト短調のように人気が高いですね。

モーツァルトの時代には、すでにポリフォニー音楽が流行遅れになり、ホモフォニー音楽が支配的になっていました。

しかし彼はバッハやヘンデルの作品を研究し、交響曲第41番の終楽章のように対位法を活用する手腕もあったんです。



      
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   <title>モーツァルトの作風</title>
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      モーツァルトは古典派音楽の代表であり、ハイドン、ベートーヴェンと並んでウィーン古典派三大巨匠の一人です。

最初は実の父親に習い、ヨハン・ショーベルトなど当時のヨーロッパで流行した作曲家たちの様式を、クラヴサン曲を中心として学びました。

その後のピアノ・管弦楽曲はバッハの影響を受けています。

後期に入るにつれ、ハイドンとバッハ、双方の影響を強く受けていることがわかります。

モーツァルトの作品はほとんどが長調で、軽快で優美な、装飾音の多い音が特徴です。
これは当時の音楽の流行を反映したものなのだそうです。

これがロココ様式、あるいはギャラント様式と呼ばれています。

また、モーツァルトが主に使用していたピアノの鍵盤は、沈む深さが今のピアノの約半分でした。
それが軽快に演奏できる理由のひとつだったんですね。


      
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   <title>作品</title>
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      作品総数は、断片も含め700曲以上です！
作品は多岐にわたるジャンルがあり、声楽曲（オペラ、教会用の宗教音楽、歌曲など）と器楽曲（交響曲、協奏曲、室内楽曲、ピアノソナタなど）のどちらにも沢山の作品が残されています。

作品を識別するには、音楽家のルートヴィヒ・フォン・ケッヘルが分類した作曲順の目録であるケッヘル番号が使われているのです。

ケッヘル番号は何度か改訂されていて、最新のものは第8版です。
モーツァルト自身は1784年以降に自作の作品目録を付けているんですけどね。
1784年より前の作品やモーツァルト自身の作品目録に載っていない作品には、作曲の時期がはっきりしないものもあるそうです。

まあ、作曲順はバラバラでもいいんじゃないですかね。
      
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   <title>モーツァルトの頭蓋骨</title>
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   <published>2009-09-15T03:15:42Z</published>
   <updated>2010-05-07T03:28:32Z</updated>
   
   <summary> 現在、国際モーツァルテウム財団には、モーツァルトのものとされる頭蓋骨が保管され...</summary>
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現在、国際モーツァルテウム財団には、モーツァルトのものとされる頭蓋骨が保管されています。
頭蓋骨ですよ！何でそんなものが・・・・。詳しくは、↓

頭蓋骨に記された由来によると・・・埋葬後10年目にモーツァルトを埋葬した墓地は再利用のため整理されて遺骨はバラバラになってわからなくなったそうです・・・。
整理じゃないじゃんん、って言いたくなりますね。
この時何故か、頭蓋骨だけが保管されて、以来複数の所有者の手を経て1902年に同財団によって収蔵。

遺骨が偽者か本物かについてはその存在が知られた当初から否定的な見解がかったのですが、2004年にウィーン医科大学の研究チームがモーツァルトの父・レオポルドほか親族の遺骨の発掘許可を得て、問題の頭蓋骨とのDNA鑑定を行うと発表。

鑑定結果はモーツァルト生誕250年目の2006年1月8日に、オーストリア国営放送のドキュメンタリー番組として公表されたそうです。

これによると・・・調査の試料となったのは頭蓋骨の2本の歯とモーツァルト一族の墓地から発掘した伯母と姪のものとされる遺骨から採取されたDNA。

検査の結果は、頭蓋骨は伯母、姪の遺骨のいずれとも縁戚関係を認められなかったが、伯母と姪とされる遺骨同士もまた縁戚関係にないことが判明し、遺骨をめぐる謎は解決されなかったというグダグダな終わり方に・・・。結局は、謎のままなんですね・・・。]]>
      
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